スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Posted by スポンサードリンク at | - | - | -

悪役の魅力
シェイクスピアの悪役は観客を巻き込み、共犯者にする。
イアーゴーはガキ大将で、観客は率いられた子分のように、彼の背中越しにオセローの凋落を眺め味わうことができる。

ところが、観客の悪趣味は底がない。オセローをやっつけるだけでは飽き足らず、
いつか自分たちを率いているリーダー、つまりイアーゴーも破滅することを予見しながら奸計を楽しんでいる。
座って見てるだけのくせして、観客というのは実に残酷なものだと、改めて思う。
安全地帯から人の不幸を眺めたいという欲望に、なかなか勝てるものではない。


ところで、悪役というのは観客だけでなく、俳優も引きつける。
「ぜひ演じたい」と思わせるのは、往往にして正義の味方よりヒールの方が多い。


なぜか。


普段が善人だから、舞台上にいるときぐらい悪いことをしてみたい、というのは間違っている。
役者なんかやってるやつは、「普段が善人」ということはありえない。たいてい税金もろくに払ってない連中だ。
なにより、演技は「普段が⚪︎⚪︎だから」ということにあまり影響されない。


 
悪役の魅力の真髄は、「操る」という行為の魅力なのではないかと思う。
自分の意志が、他人に反映される。他人の行動に、思考に、そして物語に反映される。
しかも、自分の身は隠しつつ、見えない糸で操るというのがまたたまらない。
操られている方は「操られている」とすら思わず、操作者の姿を見ることもできないのだ。
この絶対的な主従関係が、絶大な快感を呼び起こす。


絶対的な主従関係。


つまり、神と人間の関係に似ている。
悪役の魅力は、神の魅力に通じている。

 
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 

Posted by 松山 立 at 22:17 | - | comments(0) | trackbacks(0)

『オセロー』についてのノート その5
シェイクスピア劇に登場する数々の悪役の中でも、イアーゴーという男はひときわ異彩を放つ存在だ。
「あんなに悪い役だけど、あの俳優ほんとはいい人なんだろうなあ」
と客席で感じたら、それはかなりの悪役なのです。

シェイクスピアが生んだ悪役の代表格といえば、リチャード3世、イアーゴー、『リア王』のエドマンド、『タイタス・アンドロニカス』のアーロン、あたりだろうか。
中でも、リチャード3世とイアーゴーは別格の扱いを受けているように思う

しかし、イアーゴーはリチャード3世のように、コンプレックスをバネに躍進する大悪党というわけでもなく、自分の立場を利用して不正経理のようなことをやっている。精神の粉飾決済だ。
将軍を陥れるだけなんて、スケールが小さい。悪役なら、もっとたくさんぶっ殺して上を目指さなくちゃ!

そもそも、なんでそんなにオセローを憎んでいるのかが分からない。これは『オセロー』を語る上で度々議論になる点だ。

たしかに、イアーゴーは劇中で「やつがおれの寝床にもぐりこみ、亭主のかわりをつとめたという。」(小田島訳)
というようなことは言うものの、これが本当に言うだけ。台詞の内容を裏付ける行動は何も起こらない。妻を寝取られた夫の復讐劇としては、あまりにも説得力がないのだ。

ということは、これは事実ではなく、イアーゴーの被害妄想なのでは?という疑問が湧く。
オセローがイアーゴーの妻を寝取ったなどというのは、いかにも信憑性の低い話だ。

RSC来日公演のパンフレットで、演出のグレゴリー・ドーランは、被害妄想をもう一歩推し進めて「精神障害」とまで断言する。

イアーゴーのせりふには、動物だとかセックスに絡んだ言葉がよく出てきますが、それはいみじくも、彼の頭の中の状況を表していて、そこから推察すると、彼は精神的に障害がある人間だということがわかるんです。イアーゴーは、そこまでいってしまっている人間なんですよ
(2004年RSC『オセロー』来日公演パンフレットより)


イアーゴーはオセローにささやく

お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに。
こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし、
それをもてあそぶのです。


『オセロー』という芝居は、嫉妬という怪物が人間を破壊する物語である。
しかし、嫉妬の餌食にされた最初の被害者は、タイトルロールのオセローではなくイアーゴーなのだ。

 
JUGEMテーマ:演劇・舞台

Posted by 松山 立 at 00:34 | - | comments(0) | trackbacks(0)

『オセロー』についてのノート その4
『オセロー』前半の名台詞として名高いこの一行。
 
Keep up your bright swords, for the dew will rust them.
 
娘のデズデモーナを黒人のオセローにかすめ取られたと怒り狂うブラバンショーが、家来を引き連れ、真夜中のヴェニスでオセローを取り囲む。
 
一方のオセローは落ち着き払い、このひと言で喧噪をなぎ払う。
オセローの言葉は武器による脅威よりも重く、鋭い。ちらちらと月夜を受けてきらめく無数の剣たちが、一瞬で漆黒の闇、つまりオセローによって飲み込まれてしまう。オセローに一同が圧倒され、序盤で彼の存在感を存分に見せつける一行だ。
 
手元にある何冊かの『オセロー』を見てみると、日本語でもいかにかっこ良くこの台詞を訳すか腐心されている様子が伝わってくるので、以下並べてみる。松岡訳を職場に置いてきてしまったのが惜しい。カクシンハン版は松岡訳だったけど、なんて言ってたかな。
 
 
ぎらつく剣を鞘に蔵めろ、夜露で錆びる。(坪内逍遥訳)
閃く剣を鞘におさめろ、夜露で錆びる。(福田恆存訳)
きらめく剣を鞘におさめろ、夜露で錆びるぞ。(小田島雄志訳)
刀をおさめよ、輝く刃が夜露に錆びるわ。(菅泰男訳)
 
 
以前、松岡先生にお話をうかがった際、あまりにも先行訳がすばらしい場合は、下手にいじくらずにありがたく使わせていただく、というようなことをおっしゃっていた。上記の訳、一番最初に訳されたのは、もちろん坪内逍遥。この一行に関しては、まさに松岡先生のおっしゃることが他の翻訳家にも起きている。坪内訳があまりにも優れているため、それを踏襲するのが最良の選択となる。
 
さすがにマイナーチェンジはあるものの、やはり、坪内訳の「ぎらつく」が一番いいですね。

ギラっとする感じがするね。


JUGEMテーマ:演劇・舞台

Posted by 松山 立 at 02:03 | - | comments(0) | trackbacks(0)

『オセロー』についてのノート その3

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの来日公演『オセロー』を観たのは、もう11年前になる。2004年だから、まだ大学生だったかな?今はなきル・テアトル銀座で、大学生には法外に高いチケットを買って座席を確保した記憶がある。
あれから別に出世してないから、今でも高いな。
 
「イアーゴーを演じるために生まれた男」との呼び声高いアントニー・シャーと、イギリスで初めてオセローを演じた本物のアフリカ人セロー・マーク・ヌクーベの共演。当然ど
っちも知らなかった。そもそも、外人がシェイクスピアを演じるのを生で観るのも初めてだったんじゃなかろうか。
 
2004年といえばイラク戦争の真っ只中。今も昔も世界情勢には疎いが、「遠くで戦争してんな」くらいには感じていた。オセローがキプロス島に到着するシーンは、軍のキャンプで将軍を迎えるという設定になっていて、明らかにイラクに派兵された兵士を想起させる風景が展開された。演出はグレゴリー・ドーラン。オセローらは母国を遠く離れた兵士であり、侵略者の顔を持ち合わせる存在だ。
 
今年観たカクシンハンの『オセロー』も、この系譜上にある解釈を採った。しかも、中東情勢は11年前よりもっとタチの悪いことになっている。「Black or White」と副題のついた彼らの『オセロー』は2種類の上演形式をもち、片方のバージョンではアンサンブルでアメリカ兵を、もう片方ではISを登場させ、アメリカとISの存在を表裏一体のものとして描く。そもそも、ISが誕生した遠因はイラク戦争にある。
 
立場によって全く見え方が異なる世界は、イアーゴーとオセローの相対する視線そのものだ。彼らの視線は敵と味方、中東と欧米、イスラム教とキリスト教を大きく隔てる。世界を分かつ原動力は、人間の憎悪にほかならない。


JUGEMテーマ:演劇・舞台

Posted by 松山 立 at 19:16 | - | comments(0) | trackbacks(0)

『オセロー』についてのノート その2
評価:
---
Kultur Video
¥ 1,886
(2008-03-25)

 
芝居を見るにあたって、予習は欠かせない。
安月給の中、身銭を切ってチケットを買うのだ。「ハズレ」を掴むわけにはいかない。
 
ただ、芝居を見て「ああ、ハズレだった」と思うとき、本当にその上演がクソである場合もあれば、芝居の見方がなっていない場合もある。後者は未然に防ぐことができよう。何もしないで能を観に行って、「よくわかんなかったです」と言うとき、それは何もしないで観に行った方が悪いのです。上演がクソで「よくわかんなかったです」の場合は、運が悪かったとあきらめて、帰りに酒飲んでフテ寝してしまいましょう。
 
完全新作の場合は予習のしようがないけれど、シェイクスピアの場合はありとあらゆる媒体で触れられるので、劇場へ行く前に予習を積み重ね、徐々にテンションを上げていくことが可能だ。こういう贅沢はヒマな人間にのみ許される。
 
手始めに、2007年にシェイクスピア・グローブ座で上演された『オセロー』のDVDを見返す。たぶんイギリスで買ったDVDだと思うけど、この映像、たしか昔BSか何かで見た記憶がある。その時は字幕付きだった気が・・・。
 
Eamonn Walkerがオセロー、Tim McInnernyがイアーゴーを演じる。
グローブ座びいきもあるだろうが、映像で見られる『オセロー』としては、これが最高だと思っている。
『オセロー』はシェイクスピアの中でもかなり時間を短縮して進める芝居なので、びゅんびゅんシーンが飛び交う疾走感が魅力の作品だが、このオセローとイアーゴーのやり取りは重厚な「大人の」ドラマなのだ。
プロットだけを追えば、オセローがイアーゴーに最初から最後まで鼻面引き回されて死んじゃう劇だけど、オセローもイアーゴーも超優秀な将軍と旗手に違いない。劇内のやり取りから劇外の人格が伺えてこそ、イアーゴーの奸計が際立つというものだ。
 
このDVDは日本のアマゾンでも2000円くらいで売っているので、ぜひおすすめする。
 
つづく。

 
JUGEMテーマ:演劇・舞台

 

Posted by 松山 立 at 12:43 | - | comments(0) | trackbacks(0)

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

Recent Entries

Categories

Links

Archives

Recent Comments

Profile